■ ジャズの話 ■

「ジャズというのはね、夜の音楽なんだ」
 15歳からプロとしてテナーサックス奏者を吹いていたスタン・ゲッツの晩年のこの言葉は、 ジャズの本質を、実に見事に言い当てていると思います。

 クラシック音楽の様に教会や王侯貴族から保護され、古くから育まれてきた音楽とは違 い、ジャズ音楽は歴史も新しく、1900年前後にアメリカのルイジアナ州ニューオリンズに起 こった音楽です。しかも当初はニューオリンズの公娼街、ストーリーヴィルのマダムや周辺 の顔役がジャズのスポンサーだったそうで、第一次世界大戦を期にマフィアのボス、アル・ カポネとその一党がこれに代わり、彼らの活動の場であったシカゴやカンサス・シティなど へとジャズ音楽が広がっていくことになります。

 このような背景もあり、ジャズ・プレイヤーは酒とヘロインやコカインなどのドラッグとは切 っても切れない縁の様で、レスター・ヤング、チェット・ベイカーはもちろんのこと、私の大 好きなビル・エヴァンスも然り。ドラッグの力を借りても良いプレイをしたい、あるいはそのス トレスから解放されるため、ドラッグに手を染めたジャズ・プレイヤーのなんと多いことか。  さらには独特のリズム、ビート、スウィング感があるため、モーツアルトをはじめとするクラ シック音楽の様に1/fのゆらぎによる、癒し効果を望むべくもなく、むしろ人間臭さ、人間 の業のようなものをその音楽から感じることがしばしばです。ジョン・コルトレーンの「バラー ド」(通は「バラッド」と発音)ですら、繊細で美しい旋律の裏に、胸が突き上げられるような 切なさを感じる表現があり、ジャズを単に癒しや安らぎを求めて聴くと、とんでもないことに なりかねません。

 それにもう一つ。ジャズはなんと言ってもライブが一番なのですが、それが叶わないなら、 せめて良い音で聴きたいもの。しかも、ジャズの隆盛期である50年代半ばから70年代に かけての、最新のデジタル録音ではない、当時のLPレコードをかけることが出来て、ジャ ズのスモーキーさまで味わえるシステムとなると、BOSEの901スピーカーでも無理な話で、 JBLのパラゴンやハーツフィールドそしてオリンパス、もしくはアルテックのA7等が挙げら れましょう。アンプもマランツ model7とmodel9、あるいはMcIntoshのC22とMC275の組み 合わせ、レコード・プレーヤーはEMT927があれば理想ですが、同社の930か、ガラードの 301でも良いかと思います。これらを揃えて聴かせることが出来る、あるいは最低でもこれ くらいのレベルで聴かせるところとなると、一般的な電気店ではなかなか見当たらず、 ジャズ喫茶を探すしかありません。

 日本で一番音の良いジャズ喫茶と言えば、東北は一関市の「ベイシー」を挙げなくては なりません。その名が示すように、カウント・ベイシーに心酔した菅原昭二氏がオーナーの ジャズ喫茶なのですが、なんとカウント・ベイシー楽団を迎えてここでライブをやったことが あるくらい、カウント・ベイシー楽団からも敬意を払われる、世界的にも有名なジャズ喫茶 です。かつて、早稲田大学でドラムを叩いていたご主人だけに、そこで再生される音は、 「下手なライブを聴かされるくらいなら、ベイシーでレコードを聴いた方が良い」と例えられ るくらい、生を彷彿とさせる力感あふれた再生音で、見事の一語に尽きます。

 ところがもう4年半ほど前になりますが、なんとこの日本のジャズ界の総帥とでも言うべき ベイシーのお膝元、一関市でジャズ喫茶ROYCEを開店した方がいらっしゃいます。本業 は酒屋さんなのですが、元来クラシック音楽ファンで、タンノイのウエストミンスター・ロイヤ ルというクラシック音楽向きのスピーカーを使い、プレーヤーはトーレンス、アンプもウエス ギのプリとメインの組み合わせで、入り口から出口までクラシック音楽用のシステムでジャ ズをやろうというのですから、本当にビックリしました。
 その立ち上げの頃に伺い、女性ボーカルは良かったのですが、さすがにジャズの切れ 味にはついて来れない部分があり、一緒に伺った友人達も、これじゃちょっとね、と顔を見 合わせてしまいました。

 こうなると、居ても立ってもいられなくなり、当時私が持っていたオーディオに関するノウ ハウを総動員して、セッティングやチューニングで試してみることになりました。ケーブルを 換えたり、真空管を換えたりもしてみましたが、ウエスギのアンプではどうしても一線を超え ることが出来ず、その夜、酔った勢いで「これではまだまだ駄目です。私の持っているマラ ンツ7なら、ジャズ向きの音にすることが出来ます。そうだ、私のマランツ7を開店祝いに差 し上げましょう」と言ってしまったらしく、これにパワーアンプとして是枝300Bプッシュプル アンプを併せて貸し出すことになってしまいました。
 幸か不幸かこの二つは見事な成果を収め、パワーアンプは2年を経て私の手元に戻っ てきましたが、プリアンプのマランツ7はこれに代わるものが無いらしく、また、「差し上げ る」と言ってしまった手前、返してとも言えず、そのままROYCEに納まり、現在では東北有数の ジャズ喫茶と言われるほどまでになったROYCEを陰ながら支えている様です。

 ところでこの話には尾ヒレが付いて、私が九州に戻った際、「あのROYCEを立ち上げた 楠さんが門司港レトロで自分のジャズ喫茶を開くらしい」という話になっていて驚いたのは、 昨年とある誌面でお書きした通りですが、メインのクラシック音楽用システム以外に、ROYCE の時よりもさらにジャズに適したシステムが現在手元にあるだけに、ちょっと試してみたい 誘惑に駆られることがあります。
 北九州には若松の井筒屋跡前にELLE EVANS(若松区本町2-4-17 TEL751-9508)と いうジャズが聴けるお店があります。不定期にライブを行うところは他にもいくつかあります が、ここの様に定期的にライブを行い、かつ、それなりに良い音でジャズを聴かせるところ は少なく、貴重な存在です。
 もし、私が今の職業に就いていなかったら、ひょっとしたら本当に門司港レトロ地区周辺 で、ジャズ喫茶を開いていたかも知れません。人生、どこでどう転ぶのか、わからないもの です。そう、これから先もどうなるか、まだわからないのかも知れません。

初出 2004.10
Last update Jan.7.2007

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