■ コーヒーの話 ■

 この世で一番好きな飲み物は、と訊かれたら、躊躇無く私は「コーヒー」と 答えるでしょう。
 日本酒でもなく、ましてや紅茶でもなく、毎年秋に野点に呼んで下 さる表千家のお茶のお師匠様には申し訳ないと思いつつも、やはり「コ ーヒー」でなくてはなりません。
 なにせ、6歳の時に京都からやって来た叔父達と外食に出かけた際、 コーヒーの香に吸い寄せられるように、近くのテーブルで物欲しげに コーヒーカップを見つめていたそうですから、かなり年季も入ってい ると言えましょう。
 コーヒーのブレンドはベースにコロンビアを使うことが多いのです が、私はモカとトラジャ・カマリを半々に、それも生豆の段階で合わ せて煎るようにしています。モカの香豊かで酸味の利いた味わいに、 トラジャのまろやかな甘みと苦味、それに深いコクが加わって、実に 私好みの味わいになります。
 モカはマタリ産が一番です。ボデイダ、サナニ、シャーキ地方でも 取れるものの、マタリ産は土壌の鉄分の関係だと思うのですが、後々 まで口の中に残る渋みに似た苦味が少なく、トラジャとブレンドする 時、苦味が喧嘩をせずにうまくすぅーっと引いて行って、見事です。
 日本人が世界市場の9割以上を消費すると言われるブルーマウンテ ンでは、ともするとコクが少なく軽めで爽やかな香ばかりが目立って しまうことがあります。わずかにコロンビアを加えると良いのですが、 ほんの1割程度加えただけでもコロンビアの甘い香が勝ってしまうこ とがしばしばあり、ブレンドの難しさを思い知らされます。
 ブレンドを生豆の段階で行う方が良いのは理由があって、豆を挽く 直前にブレンドしただけだと、例えばモカの香立つ酸味の部分、コロ ンビアの丸みを帯びた香と酸味が別々に表に顔を出してきます。煎る 前にブレンドすると、これがまるで一つの品種の豆を煎ったかのよう に一本の太い味わいになり、バラバラにそれぞれの特徴が目立つこと がありません。
 もっとも、各豆の特徴を活かした鮮烈な味わいが好きな方もいらっ しゃるので、その場合は、挽く直前に合わせると良いでしょう。
 豆は自宅で煎ることも出来ます。ぎんなんを煎る時にも使われる自 家焙煎用の取手の付いた、半分だけ上が覆われた手網ロースターか、 ガスレンジの上に置いて手でぐるぐる回しながら焙煎出来るハンドロ ースター、あるいは電動ロースターがあれば良いのでしょうが、なか なかそういう専用の道具は、東京の合羽橋でもないと置いていません。 しかしIT時代の現代ではインターネットで手に入れることが出来ま すので、有り難いものです。ご興味がある方は、
ここをご参照下さい。
 こういう専用の道具が無い場合、一般的にはフライパンを使うこと になりますが、鉄板で煎ると独特の鉄臭さと苦味が付いてしまうので 注意が必要です。また、焦げ付かないようにと油をひいていたりして いるため、どうしても鉄鍋で煎らないといけない場合は、一度、油を 綺麗に落として青白くなるまで鉄板を焼いてやる必要があります。
 最近ではアルミ製にテフロンなどの表面加工をし、電磁調理対応に なったものが出回っていて、これがけっこうイケます。出来れば炭火 で火から少し離してちょっと長めに煎ると深い味わいが出て良いので すが、表面の煎り具合が一見浅いようでも中に火が通り過ぎていて、 コクよりも苦味が勝ってしまうことがあるので注意が必要です。
 焙煎時間は火力と好みによりますが、非常にタイミングが難しく、 私は豆の色と弾ける音、そして煙の出方で判断しています。だいたい 7〜8分頃になると豆がパチッと音を立てて弾け始めます。これが連 続的になるのが10分前後。煙の出方が激しくなる直前で私は止めてい ます。イタリアンローストがお好みの場合は、火から離してさらに2 〜3分煎った方が良いでしょう。
 豆を挽くには均一に挽けて熱を出さない手挽きが一番。高速回転の 電動ミルは熱で豆の香が逃げてしまうばかりか、細かく粉末になった 豆から抽出されると、渋みを伴った嫌な苦味が舌に残ることがありま す。これを回避するには20〜30メッシュくらいの食品用ふるいにかけ て、渋皮や細かい粉末を取り除いてやると良いでしょう。粗挽きコー ヒーが雑味が少なく、美味しいのはこういう理由があるからなのです。
 ドリップ(抽出)は一般的には簡便なカリタ式ペーパーフィルター 法が現在では主流です。しかしサイフォン式の方が、豆全体が泳ぐほ どたっぷりのお湯で味わいと香を余すことなく抽出するので、コーヒ ー豆の微妙な味わいの違いにも敏感です。でも、いちいち火をつけな くてはならず、非常に面倒。そこで私は東芝のサイフォン式コーヒー メーカーを使っています。これには一応ミルが付いていますが、ドリ ップと保温にしか使用していません。
 ネルドリップ法はドリップする豆に合わせて数種類用意しておきま す。洗剤で洗うのは可能な限り控え、洗剤で洗った場合は初めて使う 時と同様、コーヒーの粉を大さじ一杯ほど入れた沸騰したお湯で洗浄 します。このネルドリップ式はペーパー臭さがなく、使い込むことに よって豆の油分等で適度の目詰まりを起こし、最初の抽出スピードが 落ちてくるので、濃厚な味わいになるという特徴があります。
 カリタ式では陶器のドリッパーが冷えていると最初に抽出する際の 温度が下がるので濃厚な味わいを引き出し難く、ペーパー臭さが時に 鼻に付く場合があります。
 これを避ける方法としては、ドリップする前にドリッパーの外側に お湯をかけて温めておきます。お湯に浸けないのは、ペーパーと接す る内側が湿っていると、ペーパー臭さが強くなるからです。ですから ドリップする際も、ペーパー部にお湯が直接かからないようにします。
 最初の蒸らしは30秒が目安。綺麗に盛り上がるように中心から周囲 へお湯を回していきます。
 ネル式、カリタ式ともに、抽出の際に上に浮かび上がるアクが落ち 切らない内にドリップを終了する方が、雑味と苦味の少ない、スッキ リした味わいになります。
 お湯は、硬水が主流の市販されている「美味しい水」の系統は中に 融け込んでいるミネラル成分のために雑味が出やすく、変な香になっ てしまうことがあります。意外にも軟水の水道水が相性良いのですが、 いったん、十分に沸騰させることが必要です。沸騰させた後、底から 泡が上がってくる音が完全に消えてしまう85℃〜90℃がドリップに は適温。80℃を下回ると香が立たず、渋みの少ないマイルドな、裏を 返せばキレのない平べったくのっぺりした味わいになってしまいます。 95℃より高いと香が飛んで、苦味や渋みが勝った味わいになってしま います。時には豆の油が浮いてしまうこともあります。
 そうそう、コーヒーカップは温めておいて、注いだ際に冷えないよ うにしておいた方が良いのは言うまでもありません。

初出 2005.1
Last update Jan.4.2007


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