■ 鞄の話 ■

 今、ちょっと気になっているものがあります。
 それは、鞄です。
 A4サイズのノートパソコンが入るくらい大きくて、他にもB4サイズくらいまでの書類等、 いろいろ入れることが出来て、丈夫で取り出しやすい革鞄。

 通常、鞄と言えば、ビジネスバッグとも言われるブリーフケースタイプが一般的です。 把手(とって)(グリップ)がなく、小脇にかかえて持ち運んでいたクラッチバッグと最近では混同され、 把手があってもクラッチバッグと呼ばれたりしますが、弁護士が法廷書類を入れて持ち運 んでいたためにロイヤーバッグとも言われることがあるこのタイプは、マチ(底面の奥行き) が狭く、それほど収納力はありません。

 しかし、フランスのシラク大統領がパリ市長時代の1989年、ル・タヌアのボーレゾルグ工 場落札式に招かれ、その際の記念品として送られた「フランス大統領バッグ」は、B4サイ ズも入る縦30cm×横41cm×マチ13cmと大型で、インターネットの楽天なら45,000円前後 で手に入れることが出来ます。

 ほとんどそれを買おうと思っていたところに、たまたま正月休みに新宿ピカデリー4で観 た、崔洋一監督、ビートたけし主演映画「血と骨」で、塩見三省扮する大山こと金成貴が手 にしていた鞄に目が釘付けになってしまいました。
 大正時代の1920年代が舞台の映画ですから、ダレスバッグと言うのは不適当なのです が、往診などに使うドクターバッグをちょっと細身にして、スッキリさせたような鞄です。

 ドクターバッグには三ツ待式(中に仕切があって3つのスペースに分割)の二ツ錠前タイ プもあるので、正確には二ツ把手の口金タイプと言った方が良いらしいのですが、アイゼ ンハワー大統領時代に国務長官を務めたジョン・フォスター・ダレスが愛用していたバッグ が、一ツ把手のこのタイプだったので、現在では「ダレスタイプ」、あるいは「ダレスバッグ」 の呼称が一般的になっているようです。

 ちなみに映画で使用されたバッグは、鞄工房土屋(〒121-0061 東京都足立区花 1-33-23TEL:03-3884-9774)に依頼して作ったもので、なんとここでは現在、映画に使 われた鞄とほぼ同じものを49,000円で製造販売しているとか。

 安い価格帯の製品に使用されるクローム酸ではなく、革の風合が素晴らしい植物由来 のタンニンなめし(元々、皮をなめすことをtanningと言い、皮をなめしたものを革と呼ぶそう です)によるヌメ革を使用した実にシンプルな造りで、ショルダーベルトを取り付けるための 金具等はもちろんありません。ただ、私の求めている、マチが15cm以上ではなく、約13cm で、フランス大統領バッグと大差ないため、どうも購入する踏ん切りがつきませんでした。

 ダレスバッグはマチの複雑な畳み込みの部分が大変難しく、口金部の後ろが前に覆い 被さるような構造になっているのですが、横から見ると、それがあたかも一つのカーブの様 に見せなければなりません。さらには型崩れを防ぐためにピアノ線をサイドと底面へ入れ、 その底面が直接床に付かないように、小さな金具を四隅に取り付けます。

 また、一般のブリーフケースと較べて本体の重量もさることながら、収納力があるため、 中に入れる物によっては、把手にかかる重量は相当なものになります。従って、手に持っ た時、手が痛くないように、把手には強度だけではなく、丸みや太さ、柔らかさなど、様々 な要因を考慮せねばなりません。

 このような複雑な構造かつ多岐にわたる配慮が必要な鞄を造ることが出来る職人はそう 多くはなく、また、コストがかかるため必然的に高価になり、ユーザーもブリーフケースタイ プに流れていってしまっているのが現状です。
 そのため、鞄専門店でも置いているところが無いくらいで、近場ではかろうじて井筒屋の 紳士物フロアのカバンコーナーに、ダックスのブランド名でエースバッグが製造した製品 が60,900円で置いてありました。しかし1万円分くらいはブランド名に支払う金額のように 思えて、ちょっと二の足を踏んでしまいました。

 井筒屋にはこの他、本当に往診鞄のような、底面が20cmと幅広の、職人個人の名前で 展示している製品があります。使い込むと飴色になると言われているナチュラルレザーが とても素敵ですが、20万円を超える値段では、さすがに手が出ません。  因みに俗に往診鞄と言われている、二ツ把手で幅広底のドクターバッグを見つけるの は至難の業で、インターネットを駆使してようやく探し当てたのが、美濃島工業株式会社 (東京都文京区本郷3-29-4 TEL:03-3811-5030 FAX:03-3812-6384)の製品。販売価 格は39,800円で、ここには三ツ待式二ツ錠前タイプもあって、他所より比較的低価格で製 造販売しているのが特徴です。

 個人的には、防滴目的でパラフィンを染みこませた、ロウ引きヌメ皮の一ツ把手のダレス タイプにちょっと惹かれるものがあるのですが、ロウ引きまで手がけているところは本当に 数少なく、その中でも製品のフォルムが素敵なのは、ホームページ上の写真を見る限り、 株式会社シーカンパニー(〒132-0001東京都江戸川区新堀2-28-16 TEL:03-3678-7101 FAX:03-3678-8671)の製品ではないでしょうか。
 横から見た上面のカーブも十分な丸みを帯びて美しく、上方のスペースが狭くないので 書類等にクセが付くこともありません。ただ、ほとんどのダレスバッグがそうなのですが、内 面に布を使用しているため、パソコンを入れたりすると擦れて生地が傷むことがあり、薄手 のクッションで覆う必要がありそうです。

 理想を言えば、内面にもなめした豚皮などを使用した、摩擦や擦り傷等に強い製品が 欲しいところです。でもそうなると、もう、オーダーメードとなってしまいます。ホンダ  ホンダバッグスプロジェクト(資) (〒134-0087 東京都江戸川区清新町1-1-34-608 TEL&FAX:03-3688-0196)は、ある程度のオーダーメードに応じるものの、さすがに一品 モノとなると15万円以上。ちょっと考えてしまいます。
 結局、未だ決めかねているのですが、こうやって悩んでいる時が一番楽しい時なのかも 知れません。

初出 2005.2
Last update Jan.4.2007

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