■ ぬか床の話 ■


最近、ちょっと驚いたことがあります。
先日、昼食時に私が胡瓜と大根の漬け物を食べていた時のことです。
職員A「あ、お漬け物。一つ良いですか?」
私「良いよ。どうぞ」
職員A「美味しい! これ、どこで売ってるんですか?」
私は斜め後ろの流しの下を指しました。驚いた職員Aが流しの下の扉を開け、ホーロー容器を見てびっくり。
職員A「実際に漬けているの、初めて見ました。お茄子、美味しそう」
私「漬け物に良い、水茄子だからね。旦過市場で久しぶりに手に入れたんだ」
職員A「何ですか、水茄子って?」
私は悲しくなってしまいました。

水茄子は京都北山の賀茂茄子とともに関西の代表的な茄子で、大阪は泉州の特産。室町時代の庭訓往来 (ていきんおうらい)に澤茄子と記載されていることから、現在の貝塚市澤地区が発祥地と考えられています。
皮が薄くて柔らかく、甘みがあってとてもみずみずしいので、採れて3時間以内なら刺身風に切って食べることも 出来ます。かつお節とすり胡麻をふってそれを醤油にちょっと漬けて食べると、本当に美味です。
こんな美味しくて漬け物に適した茄子を知らない、いや、それ以上に、自分で漬け物を漬けたことが無いなんて…。

かつては台所に入ると、杉樽からこぼれてくる匂いで、ちょっと臭いけれども、それだけで食欲をそそるような、 ぬか漬けはどこでも見かけるシロモノでした。しかし通気性の良さが裏目に出て、臭い対策で杉樽がほうろうに 取って代わられたと思ったら、最近ではそのほうろう容器を目にすることも無くなりました。
そう言えば、実家の方でも、母が病のために臥せるようになって、ぬか床を腐らせてしまい、その後は 目にしていません。

ところが私が東京在住の頃、銀座若菜で手に入れたぬか床の一部を増やして京都祇園藤村のぬかを加え、 冷蔵庫の野菜室には4.2リットルのタッパに入ったぬか床が、冷凍室には握り拳大の小さいタッパに入った、 ぬか床を腐らせてしまった時に解凍して使う非常用ぬか床が、そして流しの下には小さめの3.6リットルの 小さめなほうろう容器に入った、メインで使用しているぬか床があります。
ぬか漬けは、ぬか床に繁殖した乳酸菌と酵母菌の作用で発酵させる保存食です。最近ではビールやパン、 ヨーグルトを加える方がいますが、透き通った爽やかな酸味に成りにくく、雑味を生じやすいので私は 使いません。
スルメ、鰹節も、たとえば小笠原藩ゆかりの小倉名産「ぬか味噌炊き」のように専用のぬか床を用意出来れば 良いのですが、せっかくのぬか床が腐りやすくなってしまい、魚臭さもうつってしまうので、 止めてしまいました。

「ぬか味噌炊き」を販売している旦過市場の「宇佐美」や「吉勝」に行けば、ぬか床用の米ぬかが 手に入りますし、奥の引っ込んだところには昆布専門店があって、深い味わいの羅臼昆布、上品な 甘みが特徴の利尻昆布等を売っています。ちなみに私は京料理でよく用いられる利尻を使っています。
茄子の色合いを出すためにクギを使う場合がありますが、鉄錆の臭いが移るので、私は好みません。
また、ミョウバン(硫酸アルミニウムカリウム)で表面をこすると茄子の色合いが良くなるのですが、 これもミョウバンのアルミ臭さが出ることがあり、あまり好きではありません。
温かい季節は、ぬか床の表面に白い粉を吹いたようになりますが、これは実は酵母で、無酸素発酵では
アルコールを作り、有酸素下では旨味の素であるアミノ酸を作ります。アルコール臭が出てくる場合は、 奥の方にこの酵母がたくさん居て、酸欠状態になっている可能性があるので、表面の元気の良い酵母を
奥の酵母と入れ替えてやる気持ちで、とにかくしっかり掻き交ぜてやります。
アルコール臭ではなく、クサイ臭いがして薄くて白い膜を表面に作っている場合は、好気性の産膜酵母 による酢酸エチルが原因。膜とその周囲のぬかを取り除いて、良く掻き交ぜると独特の臭いも無くなります。
産膜酵母の予防には、その好気性の性質を逆手に取って、ぬか表面に出来るだけ広くラップを被せると 良い様です。
ぬかの中の乳酸菌は、毎日掻き交ぜる時に入って来る空気で、十分発酵させることが出来ますが、
産膜酵母は表面をラップで覆われると十分な酸素が得られず、ましてやぬか床奥深く埋められてしまうと
酸素を調達出来ず、死滅してしまいます。
もちろん、こまめにぬか床を掻き交ぜて、元気の良い乳酸菌とアミノ酸発酵酵母で表面を覆ってやると、 産膜酵母の出番も無くなります。
野菜から出てきた水で、ぬか床が水っぽくなってきたら、側面に穴の開いた水抜き筒を入れますが、 そういったものが無い場合は、ぬか床の隅に凹みを作って水を貯め、スポイドで吸い上げたり、 キッチンペーパーで吸い取ってやったり、時にはぬかを補ってやれば良く、 塩は味加減を見ながら足していけば十分です。
使う塩は伯方の塩のような、あまり精製していない、ミネラル分の多い粗塩の方がまろやかな塩味になります。
ちなみに私は沖縄天日干し塩を使用しています。
発酵が進んだ酸味の調整には卵の殻を使います。内側の薄膜を取り、熱湯消毒をして使用しないと、 黄色ぶどう球菌などが繁殖してしまうことがあり、注意が必要です。
「ぬかからし」も酸味調整、産膜酵母対策として、使用することがあります。タカノツメ(赤唐辛子)も 酸味を消す時に追加して使われます。
雑菌と乳酸菌の関係上、至適温度は15℃〜19℃ですが、発酵を進めるためには20℃以上が良く、 25℃を超えると発酵が進み過ぎ、掻き交ぜるのを忘れたりすると産膜酵母が出て来て乳酸菌も酸素不足に 陥るので、夏場は朝晩2回掻き交ぜます。
漬け上がる時間は温度と大きさ、酸味と塩味の好みによりかなり変化しますが、きゅうりは一晩〜1日。 水茄子の場合は1〜2日。大根は1日。人参やかぶは2〜3日くらいば目安です。 水茄子のぬか漬けは「http://www.eonet.ne.jp/~pcpocket/sub13.htm」に載っている、大阪府3Eマーク 食品・水なす漬認証事業者60社から選ぶと良いでしょう。個人的には京都祇園藤村屋 「http://www.fujimuraya.com/」の水茄子が旨味があって好きです。
自分でぬか床を作る時には、煎りぬか1kgに対して、カルキ抜きと雑菌消毒の意味も含めて一度 沸騰させた75℃〜80℃のお湯1リットル、粗塩250gを加え、耳たぶの柔らかさに調整します。
旨味を出すために昆布を適宜切って、タカノツメ数本と漬け込みます。そして大根の葉っぱ、 キャベツなど水分の多めの野菜を、まず、一週間ほど毎日「漬け捨て」します。もし、この時、 自分の気に入ったぬか漬けしたものが手に入るなら、それを元に乳酸菌と酵母を増やしていくと良いでしょう。
3〜4日で完熟ぬか床が出来上がります。私は美味しいぬか漬けが出来た時に、非常用としてそのぬか床を 冷凍もしくは塩を表面にタップリ載せて氷温保管しています。万一ぬか床を腐らせてしまった場合は、
それを元にぬかを足せば、立派に復活します。
大腸菌など雑菌防止と、保存性upのために、ぬかは最初は煎って使います。追加するぬかはあまり使用 しないなら保存性を考え、煎っておいた方が良いですが、殺菌の目的なら、電子レンジでも構いません。 頻繁に使う場合は生でも大丈夫です。
最近では、熟成させたぬか床も販売されています。
「http://www.isesou.co.jp/nukadoko/」では、冷蔵庫用に、ひょうたん型した平べったいホーロー容器に 入ったぬか床も販売していますが、通常はタッパで十分です。プラスチック臭が嫌いな方は、 タッパは止めた方が良いでしょう。
冷蔵庫でぬか床を使用する場合は、一度ちゃんと室温で漬けてみて、酸味がある程度出ていることを確認 してから冷蔵庫に入れます。そうしないと乳酸菌の繁殖が悪くて、塩辛いだけの漬け物になってしまいます。
冷蔵庫管理だと、ぬか床を掻き交ぜるのは1〜2日に一回で良く、少々長く漬けすぎても、 酸っぱくて食べられない、ということが少なくなるのが利点です。

初出 2006.1
Last update Jan.4.2007

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