■ マンガの話 ■

 以前、アニメの話を書きましたが、テレビアニメはその大半が漫画として好 評だった作品をアニメ化したものです。そう言う意味では、アニメの原点は漫 画にあると言っても過言ではありません。

 かつては「良い年して漫画を読むなんて」と言われていたのに、今では市民 権を得て、公設の図書館などにも漫画が置かれるようになってきています。文 芸作家ではなく、一個人の漫画作品を集めて記念館にするなどということは、 一昔前には考えられませんでしたが、手塚治虫と縁の深い宝塚市では、なんと 鉄筋コンクリート造り、地上2階地下2階建て、延べ面積1,400u。ヨーロッ パの古城スタイルの市立手塚治虫記念館を建ててしまいました。二階には、約 4ヶ月単位で手塚作品を様々な角度から紹介する企画展示室、それに約2,000 冊の漫画本や約700タイトルのアニメーション作品を自由に見ることができる ライブラリー・コーナーがあり、丸一日居ても飽きることがありません。

 氏の作品の中では鉄腕アトムが初期にテレビアニメ化されて一躍脚光を浴び たのは、先にご紹介した通りです。神業的メスさばきの外科医を描いた「ブラ ックジャック」は、「これを読んで外科医になろうと思った」という医師が出て くるほどの人気で、佐藤秀峰「ブラックジャックによろしく」(講談社:モーニ ング連載中)など、その影響を受けた作品が登場し、昨年にはテレビドラマ化 されて評判を呼びました。

 ディズニー映画「ライオンキング」のモデルとなった「ジャングル大帝」は 動物愛護の本場アメリカでの評価が非常に高く、他にも「リボンの騎士」「メト ロポリス」「ファウスト」「三つ目がとおる」「ワンダー3」「バンパイヤ」「どろ ろ」「マグマ大使」「海のトリトン」「ビッグX」「ふしぎなメルモ」「新宝島」「陽 だまりの樹」「アドルフに告ぐ」「ブッダ」「きりひと讃歌」「火の鳥」等、海外 でも評判の高い作品が目白押しです。この中で私が最も好きな作品は「火の鳥」 です。

 「火の鳥」は1954年から1989年に60歳で亡くなる直前まで描き継がれ、文字通り、 氏のライフワークとなった作品です。これほど生命に対する讃歌を高らかに謳い描い た作品は、文学を含めても数少ないでしょう。医師でもあった氏でなくては描けないシ ーンも数多くあり、時空を超えた宇宙的広がりを持つ内容とともに、漫画界の傑作の 一つと言って良いかと思います。それだけに、氏が齢60にしてあまりにも早くお亡くな りになったのが、悔やまれてなりません。

 手塚治虫作品にも負けていないのが、萩尾望都の作品群です。一般的には「ポ ーの一族」と「トーマの心臓」(小学館)の評価が高いのですが、 手塚治虫作品 よりもさらに洗練され、超時空的広がりと女性ならではの感性あふれる「銀の 三角」を私は第一に挙げたいと思います。少女漫画特有の線の細さは好き嫌い の分かれるところですが、「ラーマーヤナ」などの古代インド叙事詩にも勝る とも劣らぬ、まるで神話のような風格ある作品は、その画の中から音楽が聴こ えてくるような錯覚に陥るほどです。

 萩尾望都とは対極の、ほのぼのとした心温まる近未来を描いた、ふくやまけいこ 「ゼリービーンズ」(徳間書店)も好きな作品の一つです。初期の作品のため、画的に は今ひとつなのですが、これくらい子供を優しい視線で包み込むように描いた作品は、 単なる冒険活劇に陥りやすい近未来モノの分野ではあまりないかと思います。

 短編部門では高野文子「絶対安全剃刀」(白泉社)が群を抜いています。画は 簡素化され、実にシンプルなのですが、その白さの奥から無限の言葉が紡ぎ出 されて来るようです。最近では「黄色い本」(講談社)のような長編が出てい ますが、初期短編ほどの奥深さと凄みは影を潜めているようです。
 他にも不思議な感覚の画とハッとさせられる内容の須藤真澄「電気ブラン」(竹書 房) と津野裕子「デリシャス」(青林堂) 。短編ながら日常に題材を得て主婦ならで はの作品を描き続けるやまだ紫「しんきらり」(青林堂) など、この分野では女性が本 当に活躍しています。

 戦闘モノなら通常では圧倒的強さを誇る「ゴルゴ13」(さいとうたかを)を挙げる 方が多いと思いますが、私は人間的弱さを持ち、より現実的で笑いのセンスもある、 勝鹿北星作・浦沢直樹画「MASTER KEATON」(小学館) の方に親近感を覚えます。
「YAWARA!」が断然有名な浦沢直樹ですが、こちらの方が世界各国、各民族がかか えている社会問題をも内包し、重層的な内容になっていて、読み応えがあります。

 ちょっと話がそれますが、「ゴルゴ13」は理髪店の定番で、喫茶店や食堂には「美 味しんぼ」(雁屋哲原作花咲アキラ画)、サラリーマンが屯する漫画喫茶に欠 かせないのが「こちら葛飾区亀有公園前派出所」(秋本治)と「課長島耕作」 (弘兼憲史)だそうです。なぜ理髪店の定番が「ゴルゴ13」かと言うと、一編の ストーリーを読み終わるのと平均的な待ち時間がほぼ等しいという説があるの ですが、本当なのでしょうか?

 心の底から笑いたいのなら、古典的なところでは魔夜峰央の「パタリロ」を挙げなく てはならないでしょう。これほどハチャメチャではありませんが、もう少し新しいところ では川原泉の「笑う大天使(ミカエル)」(白泉社) が、「お見事!」です。なにしろ元は少 女漫画でありながら、あの「北斗の拳」(武論尊・原哲夫)をも取り込んで、笑いの種に してしまうのですから、ただ者ではありません。しかし、その後の作品がこれに匹敵する ものがなく、ちょっと残念です。

初出 2004.1
Last update Jan.8.2007

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