■ 蕎麦の話 ■何を隠そう、実はラーメンよりも好きな、蕎麦。 かつて信州松本にほど近い地に本社があるE社でお仕事のため、5日間の 予定で派遣されたことがありました。松本市のホテルサンルートに 宿泊し、仕事が終わる午後4時以降は自由時間。この時、私が食べ歩いた 蕎麦屋は11軒。朝食はホテルで、昼食はお弁当が出ますから、実質的には 夕食だけで5日間に11軒、つまり毎晩最低2軒以上ハシゴして食べていた 勘定になります。しかもそれぞれ2枚以上食していますし、美味しかった武田 には3回通った上に、最後の日には4枚頼んだので、武田だけでも8枚以上 ざる蕎麦をいただいています。 うどんも作り手によって味わいがかなり違ってきますが、麺類の中で、蕎麦 ほど、作り手の技量を如実に反映するものはありません。 その理由が、小麦粉と違い、加水すると粘りが出て、接着剤の役割を果た すグルテンというタンパク質が少ないことがあげられます。従って、そのまま では加水してもなかなか蕎麦粉がつながらず、ボソボソとした粉の固まりにな ってしまうのです。 そのため、蕎麦では一般的には「二八蕎麦」のように、2割ほど小麦粉を 「つなぎ」として使います。 なぜ2割なのかと言うと、小麦粉を使いすぎると、小麦粉のデンプン にみられる、粘りと弾力の性質が目立ってきます。デンプンは加水する と糊になる性質があるからです。うどん屋さんが作る手打ち蕎麦が、ね ちゃっとした感じになり易いのは、そのためです。 そこで、名人と呼ばれる人達は、このつなぎを使わずに、水だけで蕎 麦粉をつなぎます。 蕎麦粉にもグルテンは含まれていますが、これをちゃんとつなぎとし て機能させるには、つながらない原因の一つ、空気を練って練って追い 出し、粉と粉が密着するようにしなければなりません。そして粉の一粒 一粒に水を均等に回して、数少ないグルテンを活性化させるのです。 私も石臼をはじめ、一通り、蕎麦打ちの道具を持っているので、たま に打ってみるのですが、二八蕎麦ですらこの最初の段階の水回しは非常 に難しく、未だ満足のいく蕎麦は、一度も打てたことがありません。 今では書物でしか拝見することの出来ないのが残念ですが、足利市の一 茶庵店主片倉康雄氏はこの名人芸の持ち主で、蕎麦打ちのバイブルとも言 われる「手打ちそばの技術」(旭屋出版)の著者でもあります。 その一番弟子と言われるのが、かつては山梨県長坂町「翁」で、現在は弟 子にその「翁」を譲り、広島県豊平に移り住んで「達磨」 (広島県豊平町長笹池谷636 TEL:0826-83-1945 11:00〜14:00 営業日不定 要電話確認 http://9638.net/daruma/) を開業している、高橋邦弘氏です。2006年9月から毎 週月曜日8回連続でNHKの趣味悠々で蕎麦打ちの実演をやっています。 そのご縁なのでしょうか、NHK出版から「高橋邦弘の蕎麦大全」という本や、 「達磨そば打ち指南」というDVDまで出ていて、その名人芸を垣間見ること ができます。インターネットの楽天にはまだ在庫があるので、取り寄せること が可能です。 それにしてもDVDを見ると、高橋氏の腕は翁の頃よりさらに上がっているよ うで、達磨には是非、行ってみたいものです。 小倉で一番と言われている蕎麦屋「しらいし」が近くにある、と聞いて、 二次会がお開きになった後、足を運んでみましたが、残念ながら夜は10:30頃までで、 すでにお店は閉まっていました。 そこでリベンジとばかりに2005年10月15日土曜日、夜9時過ぎに、再度伺いました。 店内のラジオで、ソフトバンクが4対0で負けていたところが、あれよあれよ という間に同点、というところで注文した「鴨南蛮蕎麦」が来ました。 実はこの鴨南蛮蕎麦は、私が愛して止まない東京は葛飾区の「土日庵」 の看板メニューの一つでもあります。 「土日庵」(東京都葛飾区奥戸4-17-17 11:30〜14:00 17:00〜22:00 TEL:03-3693-1332)は、その名が示すように、土日しかやっていません。本 当にとろけるように美味な鴨料理と、蕎麦粉十割の生(き)粉打(こう)ち水(みず)捏(ご)ねが出来 る腕前を持ちながら、あえて二八蕎麦にこだわり、細切りで歯ごたえを出す 技は、賞賛に値します。しかも温かい蕎麦汁の中で歯ごたえを失わず、ポロ ポロ切れることもなく、パサつかない舌触りと喉越しは、見事です。鴨南蛮も 柔らかでジューシー。香りも良く、土日に東京に行く機会があると、必ずと言 って良いくらい、寄ってざる蕎麦と鴨南蛮蕎麦を注文しています。 「しらいし」の鴨南蛮蕎麦は、残念ながらその域にまでは達していない様で したが、ざる蕎麦単品を追加して頼んだところ、ソフトバンクが逆転してご主 人も気をよくしたのか、コシのある、喉越しも爽快な、非常にレベルの高い蕎 麦が出てきて、ビックリしました。 「一種ざらつくような感じを残しながらすべる喉越し」(一茶庵店主片倉康雄 名人談)を堪能する、それが蕎麦の醍醐味です。もちろん、蕎麦の香りや歯 ごたえも重要です。それが出来てはじめて喉越しに言及出来ると思います。 鴨南蛮蕎麦とのギャップに、ちょっとまだ判断しかねる部分があり、もう数 回、確かめる必要がありそうです。 2000年に関東から九州に戻り、最初に紹介されて行った蕎麦屋が、 北九州市JR戸畑駅裏の「武蔵」でした。しかし、残念ながら私の求めているものとは違い、 ごく標準的な蕎麦でした。 そこでいろんな方々に訊いて、熊本県南小国町の「そば街道」を、「手打 ちそば処花郷庵」を皮切りに、その日だけでも4軒回ってみたのですが、や はり満足する蕎麦屋はありませんでした。 九州には美味しいお蕎麦屋さんは無いのかもしれない、と半ば、諦めて いました。 ところがこの九州にも、本気になって探せば、けっこう美味しいお蕎麦屋さんが、 あるものです。 その筆頭は「芭蕉庵」 (八幡東区尾倉2丁目7−10 TEL:093-671-1107月曜〜土曜 午前11時〜午後3時 http://www.geocities.jp/kiyuna150/)です。 平日の昼休みに職場を抜け出して、高速を飛ばして往復するというのは、ちょっ と勇気が要りましたが、季節は食欲の秋。単に食い意地が張っているだけと 言えばそれまでですが、10月20日のお昼に、意を決して行って参りました。 お奨めは「食べ比べ」。すでに新蕎麦を使用し、香りが良く、コシと歯ごたえ、 喉越し、いずれも文句の付けようがないくらい見事なせいろと田舎蕎麦でし た。濃厚な蕎麦湯も、満足感を深めてくれます。 その他にもインターネットで調べて足を運んだ中では、まだ出来て1年10 ヶ月と新しいお店ですが、「蕎麦茶屋もず」(北九州市小倉南区曽根新田南 2-16-28 TEL:093-471-5788 定休日火曜 11:30〜15:00 17:30〜20:00) も、十割蕎麦をボソボソ感なく、弾力感ある歯ごたえに仕上げる腕に、感服。 水分の多い新蕎麦でグルテンが多く含まれる二番粉を中心に、産地を厳選 した蕎麦粉を選んだ店主の炯眼には恐れ入りました。 駐車場が無いのがネックですが、守恒の東和病院裏の「ほり田」(北九州 市小倉南区守恒本町1-12-1 11:30〜15:00、17:00〜20:30 定休日:木曜、 第一日曜)も一度は足を運ぶと良いお蕎麦屋さんです。どことなく芭蕉庵に 似た歯ごたえと喉越しだと思ったら、芭蕉庵のお弟子さんでした。ちなみに 定休日の第一日曜日には、師匠の芭蕉庵の蕎麦打ち教室に自らの勉強も 兼ねて、お手伝いに行っているそうです。5,000円費用がかかりますが、素 人も参加出来るとか。 その話を聞いて、そぞろ、虫が動き出しました。 しかし、これ以上趣味を増やしたら、自爆してしまいそうなので、グッと こらえて自制している昨今です。
初出 2005.11
お蕎麦屋さん
Last update Jan.8.2007
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