■ 豚骨ラーメンの話 ■九州のラーメンは鹿児島を除き、その源流は久留米ラーメンだと言われています。 九州で最初のラーメンが誕生したのは昭和12年のこと。宮本時男氏による「南京 千両」という屋台がそうなのですが、昭和10年頃に横浜中華街で中華そばの製法を 修行した宮本氏は、当然、清澄な中華スープ、清湯(チンタン)を使っていました。 現在、九州で主流になっている豚骨中心の白濁スープについては、昭和21年の博 多「赤のれん」が最初だと伝えられています。が、本格的に九州各地に広まったのは、 昭和22年久留米の「三九」で生まれたスープです。 「三九」の杉野勝見氏は横浜中華街で修行をした老人からラーメン作りを習ったの ですが、ある日スープの火加減の他人に頼んで出かけたところ、加熱しすぎて偶然白 濁スープが出来たそうです。しかも骨髓が溶け出して、甘みのある濃厚な味わいにな ったとか。客の評判も上々で、弟子達に「互いに近くで開業してはならない」という掟 のもと、九州各地で屋台ラーメンを広げていきます。 北九州は博多よりも久留米からは離れているのに、久留米ラーメンが主流です。こ れは門司をはじめとする終戦後の引き揚げ者や港湾労働者、八幡製鉄所を中心に 多数の労働者が集う地であったこと、そして石炭積出港として繁栄した若松などに、 「三九」の流れをくむ人達が屋台を引いて行ったからだ、と言われています。 一般に久留米ラーメンの特徴は、麺は少し太め、スープは白濁濃厚で少々塩辛く、 スープを飲み干した後味がかなり臭くて、海苔が載るのが代表的。同じ豚骨白湯スー プの博多ラーメンは濃厚さが抑えられ、臭いもそれほどではありません。この違いは 久留米ラーメンでは豚の頭蓋骨をふんだんに使用するからで、トロリとした甘みとコク は、他の骨では得られない独特のものです。獣臭さを和らげ、味の幅を広げる意味で 鶏スープを2〜3割加えるところもあります。さらに甘みとコクを引き立てるには、海水 精製塩ではなく岩塩を使用するのが秘訣です。 さて、現在北九州で一番のラーメンはと言われれば、まず、「東洋軒」(小倉北区黄 金1−4−30 TEL931−0095 営業時間11:00〜21:30 ただし、売り切れま で。実際には20:30頃終了)を挙げなければならないでしょう。割り箸を真ん中に刺 すと立つと言われるくらい濃厚な豚骨スープと、歯ごたえのあるしっかりとした中太麺 が特徴です。しかし不思議と口の中がそれほどベトつきません。 門司に本店、戸畑に息子さんが支店を構える「みんず」(門司区高田1−10−7 TEL:381−8345 営業時間16:30〜19:30)も東洋軒に負けず劣らず濃厚で、 太さは東洋軒ほどではありませんが、歯ごたえのある麺が見事です。あんなに油が 浮いていているのにサラッとした舌触りはどうしたら出来るのか、不思議でなりませ ん。 最近、横浜のラーメン博物館に出店して名前が広まった「魁龍」(小倉北区東篠崎2 −1−6 TEL922−6666 営業時間11:00〜21:00)もかなり濃厚なスープで、 豚の頭蓋骨をふんだんに使うため、臭いがきついのですが、甘みとコクが見事です。 ただ、骨髓を抽出するために粉砕した骨粉によるざらつきが他のお店と比べると多く 感じられるので、敬遠する方もいらっしゃいます。 私のイチオシは、最近出来た「十割亭」(小倉南区湯川1−9−8 TEL941−221 8 営業時間11:30〜20:30)です。中でも鶏スープを2割ほど使う、二八(にはち) ラーメンがお奨め。特有の臭いを抑えつつ、豚骨の濃厚さと旨味に軽やかさと華かさ を加え、べとつきが少なくてスープのお代わりがしたくなるほどです。 好きずきは分かれるかと思いますが、「耕治魚町店」(小倉北区魚町1−4−5 TEL551−2849 営業時間11:00〜21:00)の、雑味がなくさっぱりとしているの にちゃんとコクのある中華風のスープが、白湯スープに飽きた方にはむしろ新鮮に感 じられるかも知れません。 夜、遅くにラーメンが食べたくなったら、細麺の博多ラーメンですが、「万龍」(小倉 北区古船場町7−8丸源29ビル1階 TEL541−3539 営業時間19:00〜4:0 0)がお奨めです。繁華街からはちょっと遠く、駐車場が無いのが難点。 でも、遠方から来た旧友と飲んだ後、九州ラーメンをどうしても食べたい、 と言う時などに連れて行くのには十分過ぎるレベルのお店です。 近年の博多ラーメンを見ていると、「一風堂」のように辛さを中心とするスパイス重 視のスープを採り入れたり、「一蘭」のように客のニーズに細かく対応するという方向 性で新機軸を展開したりと、間口が広がってきているように思います。一方で、雑味が ありながらも香辛料に頼らず、旨味と甘み、そしてコクの絶妙なバランスを大切にして 来た豚骨白湯スープ本来の姿が薄れてきているようにも思えます。本家久留米ラーメ ンには、横道に逸れることなく、頑なまでに本来の姿を貫いて欲しいものです。 小腹が空いた時、あるいは別腹でもう少し何か食べたくなった時、気軽に寄って食 べて行きたくなるラーメン。日本蕎麦ならカロリーも低くて繊維質も多く、健康に良いの でしょうが、豚骨をふんだんに使って脂っ濃い九州のラーメンは、職業柄、他の方に お奨めするには躊躇してしまいます。「塩分も多いし、脂っ濃いから血圧や中性脂 肪、上がるだろうなぁ。それに、大腸癌にもなり易いだろうなぁ」と、頭の片隅で思いな がらも、「あそこのラーメン、美味しかったよ」と言われると、居ても立ってもいられなく なって、食べに走ってしまいます。きっと私のご先祖様は縄文時代の頃、今の広東省 あたりから船に乗って九州に渡って来た、食いしん坊で味にうるさいと言われる南方 系に違いない、と近頃では開き直っています。
初出 2004.4
Last update Jan.7.2007
※ご注意:このページの記載内容については、無断での転載等を禁じます。 |